2014.07.28 Monday

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2012.08.29 Wednesday

それでも、明るく笑って生きるのさ・・・

感動がない時代・・・・とのことで、武田先生のブログより、一部を貼り付けますよ。



●私たちの心を揺さぶることが無くなったには様々な要因があると思いますが、私の専門の近くから見ると、それも当然のような気がします。

まず第一に「未来が暗い」ということですが、これは「本当に暗い」のではなく、「一部の人が儲けるために無理矢理作り出した暗さ」です。たとえば、石油石炭天然ガスは1000年は充分あるのに、太陽光発電などの自然エネルギーに補助金を出すために「無い」と言って不安をあおることです。

理想に燃えて太陽電池を研究したり、それを自宅につけたりすることは良いことですが、その時に人のお金を当てにし、電気が余ったら電気料金の約2倍で売ろうとするという背信行為が正当化しています。

「CO2で温暖化する」というのもウソで森林に補助金を入れたい」、「天下り先を作りたい」というだけのことであることが徐々に明らかになってきています.

このような資源や環境の分野での「作り出された暗さ」には、リサイクル、ゴミがあふれる、ダイオキシンは猛毒だ、環境ホルモンでメス化、コンビニエンスストアの夜間営業禁止、レジ袋の追放など枚挙にいとまがありませんし、さらにタバコの追放、メタボ利権、高血圧利権など人の健康を出汁にするものまで出現している有様です。

このような現象は環境問題に限られるわけではありません。年金は積み立てておいた記録が5000万人分、無くなってしまったり、現金自身が政治家の圧力で貸し出されて戻ってこなかったりしています。さらに地震と原発事故で疲弊している国民に、増税したり、扶養家族控除を止めたりと追い打ちをかけています。

これらは作り出された暗さで、本物の暗さではありません。世界の資源はたっぷりありますし、温暖化はしません。ゴミは焼却すれば町にあふれることはなく、タバコで肺がんになる人の数は少ないのです.

むしろ、日本は諸外国に比べて対外資産が極端に多く、技術力も高く、国民の真面目さ、勤勉さが残っていますので、未来は全く心配は無いのです。多くの人が毎日を楽しく過ごせば、景気は良くなり、日本の将来は明るくなるでしょう。

第二に「誠実な社会」を作ることです。ギリギリの商売の中で若干のだましが入るのは良いのですが、毎日の生活や目に見える政治の世界でだましが連続すると、人間はすっかり夢や目標を失います。

現在の日本では「政府が「悪」であるとき、「正」を何で決めるのか?」という問題に直面しています。そして本来、学問の自由が保障されて学問に忠実であるべき学者が曲学阿世(御用学者)であったり、表現の自由で守られている報道機関が事実を報道するのをためらうようなことが起こっています。

選挙の公約の遵守、学問への誠実性、報道の公平性などはいずれも社会の基幹をなすものですから、これらが崩れたら社会が暗くなるのは言うまでもありません。●

 ・・・・だからね。皆さん・・・・田舎に住むこと。田畑を少しもつこと。これができない人たちは、田舎の人たちと仲良くすることですよ。都会に住む方々は、ますます ストレスが貯まる時代になってきますから。食べ物と、水・・・これを確保しなければなりませんよ。

2012.08.29 Wednesday

人間に生まれて・・・・

このブログを時折覗かれる御仁も・・・人間のはず 人間に生まれておられますよね。

 人間に生まれて・・・・人間ってなんなのだろう・・・と少しはみなさん、考えたことってありますよね。

 小学生に入るまで、入学して、六年・・・・中学に入って、3年・・・・高校に入って 3年  私は勉強したくなかったので、大学はお断りしたのだが・・・大学にゆかれる人間は、これから・・もう、4年  

 そして、大抵は就職・結婚・・・・・子供が生まれる・・・・我が子の名前を考えるときに、親はいろいろと考えるものだね。ちょっと、勉強して名前を付ける。我が子の成長とともに・・・親も、成長・・・そのうちに、子供が親になってくる・・・・まあ、それの繰り返しなんだなぁ〜・・・・それが我が家の歴史になるのだな。

  人間って、なんなのだろうなあって・・・・


  わが師匠が・・・・「 人間って、つまりは クソコキムシ ダ。 生まれてから死ぬまで、山のような 糞尿をためてるだけよ。 計算するとすごいぞう・・・90歳まで生きると、日野山ぐらいになるかのう・・・あははは・・」


  周りのものを一杯食うて・・・クソ して、死ぬ・・・・それが、人間 。



  

2012.08.29 Wednesday

困ったものだが、・・・方策がない

新聞によると、・・・・・原発直下に地盤をずらす「断層」があっても原発の運転を一律に禁止せず、継続の可能性を残す新たな安全評価基準の導入を、経済産業省原子力安全・保安院が検討していることが28日、分かった。

 保安院は従来「活断層の真上に原子炉を建ててはならない」との見解を示していた。新基準では、これまでは活断層と判断される可能性があった一部の断層について原発の直下にあっても、ずれの量が小さく原子炉建屋などに影響が生じないと評価されれば原発の運転継続も可能になるとみられる。・・・・・と。

 つまりは、こういうことになるのだね。利権を握っている人たちが・・「 ルール 」を作っているのだから、なんとでも修正できるということだ。
 そんなことは、分かっているのだが・・・・肝心なことは、外交的に、国際的に、これがまかりとおっているということ。つまりは、アメリカさんが自分の国が都合が悪くなってくると、 システムを変える。ルールも変えてくる・・・
 ここで、日本や韓国のルールは、反故にされつづけるということだ。
 変えられたルールの中でのみ、真摯に・粘りをもって競争しても、またしても、かれらの都合のよいルールに変えられるのだから。

 手の打ちようがないのだ・・・・・一番わかりやすいのが、スポーツの ルールだ。柔道などすごいことになっているようですよね。

 国際的には、やられる日本の利権者も、国内的には強い形で動けるものだから、一番責められるはツライ目にあうのは、平民ということだ。
2012.08.28 Tuesday

悲しいねえ〜


大槻先生のブログより・・・・
それにつけても、福井の残暑は ハンパじゃないよ。
昨日も一昨日も、大野市にでかけたのだが・・・・午後2時ごろの暑さは、ハンパじゃないぞい。
 こりゃあ、稲刈りは、秋の収穫じゃありませんね。真夏の収穫です。

 下記の、記事が本当なのだろうが・・・情けないというか、悲しいのう・・・神門師匠が生きておったら、嘆くだろう。この民族はいつまで、どこまで堕ちるのかいと。


●あっと驚いたのは日本原子力学会が原発事故調査委員会を発足させたという読売新聞の記事である。『発足させた』のだ。『調査報告書を発表した』のではない!なにを今さら!遅い遅い!
 民間、国会、政府の事故調査報告書は今年はじめから先月までの間にあいついで発表され、この欄でももっともまともな国会報告書を徹底的に分析して批判した。私は上の3っつの報告書の他に原子力学会の調査報告書が一向に出ないのは、報告書自体が出せないのだ、と思っていた。つまり、東電の原発の事故の責任は東電原発の設計、監理、運営に関与してきた原子力学会にもあることは周知の事実で、調査すらできないものだと思っていたのだ。
 それがどうした血迷いか。突如、学会の野村会長は記者会見して事故調査委員会の発足を発表した。発足の理由がふるっている。『海外の安全基準を日本の原発に適用するという観点がなかった。この点で原子力学会は反省すべきだ』というのだ。
 原子力学会は海外のきびしい安全基準を日本の原発に適用する努力を怠った。何故か?電力会社にきびしい安全基準を適用すれば電力会社の儲けが少なくなるからだ。つまり、野村会長の会見は世を欺くものだ。学会が電力会社の利益のため安全基準をごまかすのを見逃してきたのだ。
 何故か?原子力学会は電力会社の『御用学会』に成り下がってきたからだ。なぜか?学会の有力者はその研究費の面倒を丸ごと電力会社におんぶしてきたからだ。また学会そのものも電力会社の援助を受けてきたのだ。これは周知の事実である。
 これから1年半もかけて『学会が何故海外の安全基準を日本の原発に適用しなかったかを調査する』などナンセンス。その答えはすでに出ている。御用学会だったからだ。
 いまさら原子力学会が事故調査委員会など発足させることはない。それよりこれまでの御用学会を反省して即刻解散することだ。野村会長の記者会見は『原子力学会解散に当たって』というテーマで行われるべきであった。 野村さん、これ以上恥の上塗りは止めなさい! ●
2012.08.24 Friday

勝山の赤トンボ の前園博士

勝山市にユニークな、赤とんぼに熱中している先生がおられます。
前園先生といわれ、ドクターですが、なかなか、おもしろいというか、世の中を見る視点がおもろい。この先生のブログより貼り付けますから、一度読まれて。

世の中には、正解のない問いに対して、一方的な立場からの解を求める輩が多すぎます。
ニュースはどこも、同じような情報の垂れ流しばかりで、具体的で実現可能性のある提案は、どこからも出ていません。

教育がいかに大事かを物語る例です。20世紀から何ら進歩していません。


建設的な意見なんて、習ってないんだろうなあ…
成熟した社会では、自動的に学ぶものだと思いますが、これまた「学び方」を会得していないと、そういった機会も有効利用できません。

「悪い見本」だらけの世の中で、子どもたちは何を見本にしていけば良いのでしょうか?
私たち大人は、何ができるのでしょうか?
自分は何ができるのでしょうか?


そんな大変な世の中に比べれば、大変小さな勝山ですが、できることを着実に進めていくことで、少しでも「改善」が見られるように努力します。

2012年8月16日 (木) 問題 | 固定リンク | コメント (0)


>福井の豊かさ

普段福井にいる人間が、東京にいて感じるのは…

緑が少なすぎる
生き物が少なすぎる
空が狭すぎる
道が狭すぎる
空気が汚すぎる
夜でも暑すぎる

人が多すぎる(しかし、誰も挨拶しない)
人工物(家など)が多すぎる
家が狭すぎる
車が多すぎる
信号機が多すぎる(1km進むのも大変)
電柱と電線が多すぎる
看板が多すぎる
情報が多すぎる
テレビの番組が多すぎる(番組内容のレベルは各局とも五十歩百歩なのに)

「〜すぎる」というのは、バランスが崩れているということです。
バランスの崩れは、持続可能性の対極にあると思います。


特に驚くのは、家の狭さです。
福井で言えば、車庫くらいしかないサイズの家々が並んでいます。

幸せって何なのでしょう?


東京や大阪に無理して住むことが幸せなのでしょうか?
幸せの根本は、人間として、という以前に、生物として健全に暮らせるかどうかではないでしょうか?

都会の価値観が見直される時期にあると思います。
それは同時に、少し前に書いた、20世紀の価値観の転換にもなるのではないかと思います。

幸福度No1の土地から、あらためて幸せとは何か、問いかけてはいかがでしょうか?

※今回は、思い切り福井に偏った、主観的、個人的な意見を書かせていただきました。客観的、建設的とはほど遠いですが、普通は都会側に偏った意見ばかりが世の中にあふれているので、たまには福井側を常識ととらえた場合にどう見えるかを書いてみました。都会に出なかったことを引け目に感じて生きるのではなく、是非若い人に、ここに住むことを自慢できるようになってほしいと思っています。●  そう、そのとおりだよ。前園先生、応援してまっせ。・・・ちなみに、この先生農学博士なのです。ピロール農法をよくご存知でして、初めてお会いしたときにも、「 ピロール農法って、いい農法だと認識していますよ・・」って言われたときには、さすがにビックリしましたよね。・・・ピロールって、農学関係者がほとんど理解していないものなのだからさ。この前園博士は、見つめる視点が、すばらしい感性があるよ。がんばってね。かわいい小学生のお嬢ちゃんもおられますよ。
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