2014.07.28 Monday

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2010.07.31 Saturday

人生って長い・・短い

今日は、親戚の法要にでかけた。20名ほどが神妙に仏前にならび読経に耳をかたむけ手を合わせた。終了後、僧侶が「 本日はよくぞお集まりいただいた。こういう機会にこそ、人生をいかにいくべきか、死をむかえるべきか・・・を考えてほしい・・・」と。僧侶は65才になられるというが、かなり年配にしか見えない御仁であられた。苦労が顔にでているように思えたもの、
「 皆さん、人生はやはり、考えてみますと短いものですよ。アッという間に、老人になってしまうものです。私事で恐縮ですが、私は1歳のときに父親が他界しました。37歳でした、私はもう父親の倍近く生きておりますから、いつ死んでもいいのだなあ・・・と。それにしてもアッという間のことでした。」「 その短い時間の人生の間でさえ、毎日のように迷い・悩み・イラダツという、艱難辛苦をしなければならない私たち衆生なのです。どうしたら、安穏に暮らしてゆけないのか、それには、お釈迦様は「ほとけ」になるしかない。ほとけになる道をあゆみなさいと・・・・毎日、毎日、この一日をしっかりと生きるしかないと思うものです。今日はご縁をいただきありがとうございました。尊敬する紺野大介氏が言われる「 その人が、生前何を成したか、ではなくて、どのように生きたか・・・その生き方を知ってその方の評価をするほうがよいのです 」と。かみしめたい言葉です。
2010.07.30 Friday

敬愛するひとなのだ・・・

私の周りにはいろんな人たちが・・・・そして、少なからず関与しながら生活しているのだが、とても尊敬している農家( 現在は)にスポットをあてよう。
昨日夕方・・・6時30分過ぎのことである。福井県に大きな川が3つある。日野川・足羽川・九頭竜川である。この足羽川が福井市内にはいる間際のところ・・・8号バイパスの近く・・・では,何軒かの市民が、河原の余剰土地を利用しての畑作・農作物づくりをかなり以前から行っている。その市民のひとりに今村さんという方がおられる。この人は、私がとってもすばらしい「 ひと 」と思う御仁でおられる。70歳を超えておられるのだが、矍鑠(かくしゃく)としていて<ほがやかであって温和な性格の持ち主なのだ。
 「 やあ、下に車があったので・・・・どこかにおられると思って探していましたよ。広いものだから、なかなかみつからなくて・・・草が元気がいいですなあ・・」「 やあやあ、河原なので、ススキや草が大きくて人間が隠れてみえないくらい、元気ですなあ、草というやつは・・・はははは 」「 どうでした。先日の大雨のときは、河原が洪水で、畑がうまったかと心配していましたよ。」「 ああ、すごい降りましたからのう、それでもどうにか助かりました。チソ葉も、ここまでつかりましたけれどな、どうにか・・・」「 よかったですな、なによりです」「ところが、今日はスイカを全部やられましたわいな、」「 ええっ、ここらは何がでるですか・・・ケモノ・カラス  ・・」 「 いやあ、人間さんですわ。人間さんにとられたのですわ、全部。しかも、獣よけやカラスよけの網を刃物で大きく穴が開いている。3ケ所も・・・」「 これでは、世の中も末ですわい・・・」「 昨日、もうそろそろかな・・・と。今度の親戚の行事に少しもってゆこうかと・・・・」「 もう、アカン 」なぐさめようもないのだが・・・・かなり広い面積( 3反 30アール)ほどを一人で管理しているので・・・・ムチャクチャ、忙しいのだ。
もう、10年以上ここで栽培しているのだが、こんなにやられたのは初めてらしい。
・・・時代が変わったのか・・・教育が根本的に間違ったのか・・・・神門師匠の 「 時代が変わった、事態が変わったから、というが・・・そうではないんですよ。よおく考えてみなさい。もっと、貧乏な時代もこの民族はあったのよ。こんなに堕落した時代は歴史始まって以来なんですよ。日本民族がアホになってきているのは・・・」

しかし、この今村さんは・・・・すばらしい「 ひと 」なんですよ。このあとの言葉・・・まあ、黒田さん。このまえの洪水で、スイカが流されたと思えば・・・とっていった人も、ピロールのこのスイカ・・・・ナンテ、ウマイノダロウと思ってくれれば、それでいいか、・・・・

すばらしい考え方の持ち主であられる。きっとこの今村さんのご先祖様ってご立派な方だったろうと思わせるのである。こんなひとに、ピロールをほめてもらえる自分がうれしい。こんなすばらしい方とご縁がもてる自分がありがたいと感謝している。
2010.07.28 Wednesday

ママ、警察につかまったんだって・・・

本日夜7時40分・・・ピロール資材の2回目を施肥して帰宅し、シャワーを浴びてから・・・ビールに。すると、4歳の孫娘さんの言うことにゃ・・・「 与作おじぃちゃん、ママ、警察につかまったんだって・・・」ふうん、
その15分後・・・肝心のパパがお帰り・・・案の定、「 パパ、ママ、警察に・・・」必死に止める●●さん。
「 ああっ、この子、明日は幼稚園の先生にもきっと言うぞ・・・」
皆で・・・大笑い。大きくなったら・・・・なんになる。もちろん、「よしもと新喜劇」に就職よなあ・・・とにかく、おしゃべりだ。静かだなと思ったときは寝ているときだけ・・・食事中もお話バンバン。今日は三女と3Dの映画鑑賞にお姉ちゃん( 小3 )と出かけたのだ・・・
3D映画は初めてのはず・・・・どうだった・・・ケン君がゆず( 孫娘の名前・・・ゆずは)のところまで飛び出してきた。
それと、買ってもらったおみやげの話。とにかく、ルンルンである。言葉がこれ以上ないってくらい弾んでいるのよなあ・・・
すばらしいねえ・・・。この年代・・・輝く宝石のようなものがあるねえ・・・みんなが通ってきた道なのにねえ・・・年をとるってことは・・・・さみしいねえ・・・。
「 死ぬまで、青春なんですよ。私は・・・」とのたまった神門師匠は、やはり偉大だったな。自分で年とってちゃあ、イカンぞなもし。
2010.07.28 Wednesday

トップのイラストは、誰が描いたの・・・

はい、このブログのイラスト、福井市在住の「似顔絵描きさん・・・タジー」さんが描いたものです。2年ぐらいまえ鯖江市の饗陽会館でのイベントに、わがピロール農法が出展・・・・近くに彼が陣取っておって、にぎやかでしたね。・・・・だいたい、このピロール与作さんはもともと芸術家になりたかった男なのだから、変わったものが大好きなのでありまして・・・・イベント会場にいっても、そういうものがないか探して歩くのが唯一のタノシミ。
この似顔絵描きさんは、なかなか センスがよい。「 ほんわか・・・としていて、かわいい 」チクリとした蜂の一刺し・ニヤリの感がない似顔絵なのだが・・・・これはこれでいいねえ・・・と。お客さんが多かったので・・・最後に頼むからな・・・・と。最後の最後だれもいなくなってきた会場で、走り書きのように描いてくれたものだ。
 「 おおっ、気にいったよ。これからおまえさんを応援するよ。・・・」と別れたものだった。その後もつきあいがあって、我が家で食事もしたし似顔絵も・・・孫やおやじさんや、ご近所の数名が描いてもらっておって好評・好評。

彼は最近は独り立ちができたようだ。身体を大切にしてがんばってほしいものだ。お時間のある方は、下記を覗いてみてね。
http://tajjie.com/
2010.07.27 Tuesday

これからはこれから・・・の題名の由来

当初、大久保さんよりのブログを作成するにあたって・・・・「題名をなにか決めてもらえますか・・」と。何にしようかと・・・・あてもないまま数日が過ぎ、パソコンの廻りにぶらさがっているいくつもの紙切れの中に・・・私の先輩がくれた色紙のコピーが目にとまった。それにはこう書き留めてある。「 目標の定まらないまま過ぎてしまった。寝言を云ったり書いたりで年月を重ねた。非力だけが残った。これからはこれから・・・」と。
雅号が・・・木津 大朴・・・亡くなる1年少し前の書である。地元の名家に生まれ、地元の商工会会長も何期も勤め上げた・・・しかしこのご時勢である。倒産という大波を受けた。彼も私と同じ書家・芸術家を目指したかったに違いない。・・・・由緒ある家柄が・長男という立場がそれを許さなかった。私は高校のときから、先輩・木津さんを知らされていた。同じ先輩の瀧 正徳( 彼は、奇しくも糖尿で目をつぶされながらも書家として邁進している日々゛ある。立派である)氏を通じてのことだが・・・。木津さんが亡くなったのを知らされたのは、瀧先輩からの携帯連絡だった。私はそのおり、福井県池田町の飯田という料理屋・・・彼もまた、書をめざしていた仲間・・・で、友人と一献傾けていたときであった。「 おい、与作。木津がなくなったぞ。」「ええっ、木津さんが・・・どこか入院するとか聞いていたけど、そんなに悪かったのかい・・・」地元の丹南ケーブルTVに紹介されていたときにはあんなに笑顔で元気だったのになあ・・・・。早すぎる他界であった。きっと悔しかったろうと・・・・。
「 これからは、これから・・」先輩の、これからオレのやりたいことをやる時期がきたぞ・・・・のはずだったのになあ・・・・。
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